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探偵の知識

事件簿|財産をめぐる肉親調査

2025年11月19日

図解 秘探偵・調査マニュアル
渡邉 直美

女子高生探偵M子ちゃんがやりたがっているのは、浮気調査や潜入調査。しかし、まだ17歳という年齢と高校に通っていることを考慮して、彼女の希望に添ったことは未だにない。男女のドロドロした場面や、社会の汚い部分を見聞きするには、まだまだ早すぎるから・・・・・・。
なまじ財産があると、今までは仲良く暮らしてきた親兄弟が骨肉の争いを繰り広げ始めることも少なくない。私が、以前調査を担当したこのケースもそうだった。
調査依頼をしてきたのは、ある女性だった。彼女いわく、"実家は代々続く大地主。8年前、兄が自分の不注意で事故を起こし、下半身不随になってしまった。両親は、働けなくなった彼に生活費の援助を申し出たが、兄嫁が彼の代わりに働き、接助は断りつづけていた。それに感動した両親は、数十億円ある財産のほとんどすべてをその兄夫婦に残すよう、遺言割を書き直したらしい”というのだ。
自分の不注意で事故を起こしたにもかかわらず、親の同情を買って遺産をもらおうなんて許せない.....・というわけだ。しかも、この妹さんは、兄が下半身不随だというのが実はウソなのではないか、と疑っていた。
そこで、私たちは対象者(兄)が本当に歩けないのかを調査するため、対象者夫婦の家計事情と行動を1ヵ月にわたり調査したのだが、その結果は驚くべきものだ
った!!!
外出時、当然のようにいつも対象者は車椅子に乗り、それを兄嫁が押していた。
また、近所への聞き込みでも、事故にあった旦那さんをよく介護している、やさしくてよくできた嫁、と評判は上々。家計事情を調査しても、生活に派手さはなく、買い物は生協でまとめ買い・・・・・と、いくら調査してもまったく怪しいところは出てこなかった。
もしかして、これは妹さんの邪推なのでは......と疑い始めた調査最終週の金曜夜のことだった。なんと、対象者しかいないハズのリビングルームに歩く人影が!!!
今まであるとあらゆる決定的場面を見てきた私ですら、その瞬間、全身に鳥肌が立った。
妹さんの委任状を持っていた私は、早速、リビングで誰が歩いているのかを見定めるべく、ビデオを持ち、対象者の家にそっと入っていった。そして、換気のため少しだけ開けられていたリビングルームの窓に手をかけ、一気に開けた。すると…・そこには、下半身不随だったはずの対象者が立って歩く姿があった!!!窓からいきなり現れた訪問者に驚き、対象者は言葉も出ず、ただ唖然とするばかりであった。
しかし、それは私も同じこと。私は挨拶もせずに、対象者の家を飛び出していったのだった。
数日後、妹さんと私はビデオと報告書を両親に見せに行った。両親はあまりのことに驚嘆し/兄妹で話し合いなさい」としか言えなかった。そしてその時、偶然にもくだんの兄から電話がかかってきたのだ!!!
「保険会社に、事故で歩けなくなったと嘘をついたことがバレたらしい。保険金を受け取っていたので、著察につかまったらどうしよう。助けてほしい」という電話だった。どうやら、対象者は私のことを保険調査員と勘違いしたようだったのだ。
両親は、一人息子が贅察に捕まっては大変と、妹さんと私に口止めを依頼してきた。妹さんは、ここぞとばかりに、遺言書の書き換えを条件に口外しないと約束をした。むろん、私も「口外はしませんからご安心を」と言ったのだが、両親は安心できなかったらしく、帰り際、私に分厚い封筒を渡そうとした。中身は言うまでもない・・・・「お金」だ。しかし、もちろん私は受け取らなかった。
ある日、朝刊を見ていた私の目に、忘れかけていた対象者の名前が飛び込んできた。そこには、「病気を苦に自殺」と書かれていた。むろん、身から出た錆といえばそれまでなのだが、寝覚めは悪かった。そして、さらに私の寝覚めを悪くする事
件が…...。
それから数日後、例の妹さんから電話が入った。「兄嫁が行方不明になった。兄の保険金を持ったままなので探してほしい」という調査依頼だった。彼女の口調には、兄を失った悲しみなどまったく含まれていなかった。遺言書を書き換えさせただけでは事足りず、兄の遺産まで手に入れようとするなんて。お金があまりにもたくさんあるのも考えもののようだ。ま、私たちには縁のない話ではあるが…。